Interview #02
E.K
事業開発/みんなのキャリア
2018年入社|石川県輪島市出身
東京農業大学農学部卒。学生時代のイベント協賛営業でエージェントに電話をかけたのが出会い。2017年に新卒入社し、以来一貫して事業開発に従事。副業総合サイト「BitWork」の立ち上げ、テレアポ支援「REMOSELL」の黒字化を経て、現在は採用広報メディア「みんなのキャリア」を担当。地元・輪島をはじめ、地方の価値を最大化する事業づくりを目指している。
僕は石川県輪島市出身なんですけど、大学は東京農業大学の農学部農学科を出ました。キャンパスは本厚木だったんですけど、父親から「都心部の大学が密集しているところに身を置いておいた方が、いろいろつながりも作れるだろう」と勧められて、上京のタイミングで石川県民しか入れない学生寮に入ったんです。まぁ、めちゃくちゃ安かったから、本音は多分そこだったんでしょうけど(笑)。そこで30大学ぐらいが集まる学生団体に入り、代表を務めました。チャリティーイベントやボランティア活動をする団体で、毎年とどろきアリーナを貸し切って、大学生1,000人ぐらいを集めたチャリティー大運動会を開催していました。参加費から必要経費を抜いて、残りをカンボジアの学校の通学支援に充てる、という活動です。
そのイベントの協賛営業で、エージェントに電話したのがきっかけです。ホームページに「社会の困ったを解決したい」と書いてあったので、「僕たちも困ったを解決するためにやっているんです」みたいな営業をしたんですよ。カンボジアの学校に通う子どもたちの通学支援に充てるイベントなので、僕らも同じです、みたいな。ちょうどエージェントが新卒採用を本格化した時期だったらしくて、スポンサーになってくれました。そのイベントが終わった後に「インターン生として働かないか」と誘っていただいて、まんまと採用活動の枠に飲み込まれました(笑)。僕もご縁を大切にするタイプなので、「一旦面白そうだから入ってみようかな」ぐらいの感じでインターンに入ったのが最初ですね。
運ですね、運。もう運と縁という感じです。四宮さん自身もカンボジアに学校を建てていて、「そこから将来、世界を変えるような人が生まれたら」という想いがあったんです。僕らも制服や通学に必要な物資を支援することで、学校に通える子を増やしたいと思っていたので、すごく近い世界観を感じました。学校を基軸に地域のコミュニティが活性化して、そこから街のスターが生まれるかもしれない。そういう可能性にも共感していて、「これはたまたまじゃないな」と思いましたね。そもそも協賛営業ってほとんど断られるので、エージェントからしても僕は変な学生だったと思うし、こっちからしても変わった会社だったなっていう感じです(笑)。
ずっと事業開発って感じです。事業開発って何でもやるので、「職種は何ですか?」と聞かれたら、もう事業開発って言うしかないんですよね。基本的には営業が多いですけど、サービスを作ることもあるし、最初にメディア事業をやっていた時はライターもやりましたし、PR TIMESも出したし、LPも作るし、広告も回すし。なんでもやっていました。全部できて、全部できないみたいな感じです(笑)。
もともと「最終的には地元の輪島で事業を作れるスキルを、20代のうちに身につけたい」というのが軸にあって、それはずっと会社にも伝えていました。そしたら「それ、うちでできるよ」と言われて。いざ入ってみたら、当時は全然新規事業なんてなくて、「ないんですけど」って言ったら、「君がやるんだよ」って(笑)。あ、僕か、みたいな。ただ、インターン時代から新規事業の企画から営業まで本当に全部やらせてもらっていたので、「この会社はガチだな」と思いましたね。最初は正直、変わった会社だなと思っていたんですけど、1年間インターンをする中で、会社もどんどん伸びて、新しい事業も生まれていった。四宮さんの構想からすると、当時はまだ1〜2%ぐらいしか実現できていない感覚でしたけど、そのパーセンテージが上がっていく感じがあって、「この船は面白そうだな」と思えたところは大きかったです。
その後、副業総合サイトの「BitWork」を立ち上げました。最初は記事を書いて広告収益を作ろうとしていたんですけど、全然PVが集まらなくて(笑)。そこで登録機能を付けて、実際にどういう人が見ているのかを調べたら、スキマ時間に家で働きたい主婦の方が多かったんです。そこから在宅ワーカーの方々と一緒にできる仕事を考えて、BPOのチームを作りました。最初は問い合わせフォームの営業代行をやっていたんですけど、それもすぐにAIで代替されるようになって、「じゃあ人間にできることは何だろう」と考えました。そこで、以前テレアポのインターンをやっていた経験と掛け合わせて、在宅で電話一本、パソコン一つで仕事ができる「REMOSELL」というリモートセールスサービスを立ち上げました。それが軌道に乗って、1年で単月黒字化、2期目で通期黒字化して、そこから事業責任者に就任したという感じです。
「REMOSELL」が4年ぐらい黒字を続けて収益部門になったので、もう一度新規事業側に戻ってきて、今は「みんなのキャリア」という採用広報のメディアを担当しています。感覚としては、一番最初に立ち上げたメディア事業に戻ってきた感じですね。今は営業をしながら、お客さんの声を拾って、サービス自体を市場にフィットさせている段階です。「もっとこういうコンテンツがあった方がいい」とか、「料金プランはこうした方がいいんじゃないか」とか、そういうことを最前線で回しています。最初の形を作り切るまでは、営業もマーケティングもサービス設計も全部自分でやる。一通り回り始めたら、誰かに任せていくというスタンスですね。今は4人のチームです。
通期黒字化できたのは入社5年目ぐらいで、それまでは本当に赤字を垂れ流していました。裏で「赤字社員」って言われていたらしいです。すごい会社ですよね(笑)。ただ、既存のお客さんの紹介もなく、既存サービスもない中で、ゼロからREMOSELLを作って、ちゃんと一つの事業として黒字化できたことは、自分の中ではかなり大きな自信になりました。時間もかかったし、会社にもたくさん投資していただきましたけど、そこが一番印象的ですね。
一番は、物事を考えるスケール感ですね。学生の時、四宮さんから地球とか宇宙単位の話を聞かされて、「ぶっ飛んでんな」って思っていました(笑)。今は事業責任者として、PLも人も見ながら、自分自身もプレイヤーとして成果を出す立場です。小さな会社を一つ任されているような感覚で、自分で成果を出すだけじゃなく、チームでそれ以上の成果を出すことまで考えるようになったのは、大きな変化ですね。
地方の価値を最大化するようなことをやりたい、というのはずっと変わらないですね。社内に「アンビシャスワーク」という、半年に一度新規事業を立案する制度があるんですけど、そこで以前「廃業旅館を企業の合宿施設として蘇らせる」という事業を提案して、トップ3に入りました。PoCまで進んだんですけど、契約寸前の最後の点検で、候補にしていた旅館のボイラー3つのうち2つが壊れちゃって(笑)。結局その期間では形にできず、ペンディングになりました。でも、そこはまだ諦めきれていないです。何かしらの形で、地方だったり、宿泊業や観光だったり、フィジカルな体験を生み出すような事業はやりたいですね。こうやって強制的に新規事業を作り続ける機会があるのは、アイデアのある人にとってはすごく面白い環境だと思います。
#もっと人を知る